モノには色々な見方や感じ方というのがあって、それはそのときの気分や価値観や状況によりますよね。例えば、「花」というものを一つ取ったときにそれを「美しく咲く花」とも、「やがて枯れていく花」とも言うことだって出来るじゃないか。私は海北君という人は後者のような人なのかと思っていた。「冬空と君の手」を最初に聴いたとき、この人は<終わっていく中で自分の無力を叫んでいる>んだと思ってた。だけど、LOST IN TIMEの「はじまり」の中で海北君は

止まぬ夕立も 枯れない花も
若いままの君も 終わらない歌も
何処にも無いのは 分かってるけど
それでも信じてみたい

と歌っている。それに少し驚いて嬉しくなった。花はやがて枯れて去っていくものなのだけれども、その先の事を歌っていてくれているのだ。終わりがないことなんてあり得ないし、立ち止まっていることも出来ない。それでも「それでも信じてみたい」「君との始まりを歌おう」と言えてしまう海北君は前より少し強くなった気がする。
いつか終わっていくもの、壊れていくものなのならばせめてこの一瞬や毎日の欠片を大事にしていかないと駄目じゃないか。毎日はものすごいスピードで流れていって、毎日疲れている自分がいるんだけども。終わりを意識しているからこそ、泣きはらしてもいいから毎日がはじまりの気持ちみたいな感じで生きてゆければいいなぁと思いました。
そして、続く旅の途中で、一つの道を終えた人もいる。
PEALOUTのアルバムを買った。2005年発表の新曲が入っているからだ。「PEACE, ENERGY AND LOVE ON UNCHAINED TIME」という前向きで上向きなタイトルのついた曲。ピアノが印象的で、優しくて明るくてピールアウトらしいごつごつとしたラウドさが詰め込まれた名曲だと思う。ずっと少年だったと思っていたピールアウトが大人になった気がした。「僕の人生に何が起こっているんだ?」「でも僕にできるのは、続けていきたいことすべてをやることだけ」「僕等は四月の旅人」「'僕の世界は変わっていく'」と、繊細な感情を抱えてた少年だった気がしたのに。いつの間にか一回り大きくなって立っている3人。

時々、僕を思い出して。時々、この歌を口ずさんで。
ここに、ずっとそのまま残っていく物語があるから。


この長距離列車の中で出会った
たくさんの友達と忘れられないいくつもの場面。
この列車を降りてしまう前に きみの心にくちづけをしていくよ。

各頭文字を取ると「PEALOUT」となる曲。大きな優しさに溢れた曲。彼らは自信を持って列車を降りていくんだろう。これからも続いていく大きな旅の中でまた列車を乗り換える。きっと生きている中にはたくさんの交差点や乗り継ぎ駅というものが存在するんだろうけど。数年前に、どこかの駅でPEALOUTに出会うことができてよかったと思う。
きっとこの先この曲を何度も口ずさんでしまうんだろう。
そうやって自分の中にたまっている曲がいっぱいある。
悲しいけれど、そういう曲に出会えたことは嬉しいんだ。


上手く言えないけれど、終わっていくからこそ、出会いを大切にしたい。
もう後悔はしたくないんだ。
何度も失敗するって分かってるけど。
「飛べるのに飛ばないよりはいい」