アミール・ナデリ「CUT」@東京フィルメックス

運良くチケットが入手できたので有楽町まで「CUT」を観に行って来ました。ネタバレってほどの事も書いてないですが、嫌な人は目を瞑って頂けると嬉しいです。

監督はアメール・ナデリ氏
キャストに西島秀俊さん、常盤貴子さん、笹野高史さん、菅田俊さん、でんでんさんなど
【CUT - an Amir Naderi film in Japan | Facebookhttp://www.facebook.com/cutnaderi?v=info
【第11回東京フィルメックス公式サイト】http://www.filmex.net

凄かったです。面白いと言うか、凄かった。圧巻でした。
あらすじは単純なのです。映画を愛する男・秀二が、自分が映画を作るための借金を背負ってくれてその為に亡くなった(殺された)兄に代わり、その借金を返していくという話なのです。秀二は兄(暴力団にいたんですけど)が亡くなったその場所で『殴られ屋』をすることによって自らの借金を返していく。本当にそれだけなんです。
ただし秀二はシネコン中心かつ商業主義が蔓延し本当に『良い』映画を観る機会がどんどん失われているという現実に腹の底からの憤りを抱えていて、警察に追われながらも名画の上演会を繰り返している。拡声器片手に大衆に向かってアジる。曰く、「かつて、映画は真の娯楽であり、芸術であった」と。エンターテインメントを否定はしないが、隙間から零れ落ちるものがありすぎることへの不満や怒りをアジり続ける秀二の姿はナデリ監督そのものなのでしょう。
この映画の感想について自分やこのブログを読みに来て下さる皆様に馴染みのある言葉で説明するならば「ハードコアである」と。それに尽きると思いました。根底にあるのは激しい怒りである事や(それは上演後の質疑応答で監督が『常に(何かを──恐らくは映画業界を取り巻く現状に)殴りたいと述べていた事に繋がると思うのですが)、シンプルで無駄を削ぎ落した演出(劇中に音楽はない、登場する人物も舞台も本当に限られている)、全体的にソリッドかつバイオレンス。あのエッジの鋭さや否定や怒りや一時的な熱狂・陶酔・攻撃性や暴力性が渦巻いている辺りは正にハードコアだと思います。その基底がDIY精神であることやそれが人を選ぶものだという点も含めて。
けれど、この映画は怒りと同時に愛が溢れている。この映画は秀二の(そしてそれはナデリ監督と西島さんの、なんですけど)名画への愛が強烈に満ちている。秀二が殴られている最中に自分が行なってきた映画上映会の作品についてひたすらうわ言のように呟いているんですけど、借金を返す期限の最終日なんて100発殴られる辺りでずーっと殴られるシーンと交互に作品リストがばーって出てくるんですよ。変な言い方になっちゃうんですけど秀二が選んだ名画のカウントダウン100を見せられてる感じです、いやこれまじで。1位は言わないでおきますけども。その映画、つい最近見たところだったので軽く衝撃を受けました。殴られる度に秀二が黒澤明小津安二郎の墓に向かうことや、秀二が夜に映画を浴びるようにして眠る演出など、そこかしこで純粋で妄執的な愛が見られると思う。なんか境界すれすれみたいな。秀二と映画が一つに融けていく感じと言うか。溝口健二小林正樹よかったですねぇ……。
暴力的な程の愛と怒りが同じ所に、爆発するくらいの熱量で共にあるんですよ。言葉が出ないほどに圧巻なのはそれが理由なんだろうなと思いました。とにかく圧倒的な力にで捩じ伏せられるような映画だなぁと思いました。
あとキリスト的なモチーフが多い気がしたなぁ。監督が「キリストみたいな体になれ」って言ってたのもあるのかもしれませんが。自分が映画への愛故にこさえた借金で殴られ続けるわけですからね、パッと見は殉教者っぽく思えるんですけど。でも「映画は売春じゃない(でしたっけ?)」「XX万(具体的な金額忘れちゃいました)で死んでたまるか」みたいな事を言う辺りが美しいなと思った。その辺りは秀二がどうして兄が死んだトイレで殴られる事によって金を得るのかという理由にも繋がるのですが。ある意味映画の為に死んだのは、殉教したのは秀二ではなくて兄の方ですよね。そう考えると秀二って復活後のキリストみたいだな。陽子が秀二を抱くところは完全に聖母的な意味合いなんだろうなぁと思いながら観ておりました。秀二が映画を自分の体に映して体内に取り込むことで自らを治癒する(と、質疑応答で監督が言っておりました)辺りも、なんか秀二ってキリスト的な美しさがあると思うんだよなー。

後は常盤さんの透明な感じが凄く印象に残りました。西島さんに関しては「この人ほんとナチュラルに自分を役に合わせるよなぁ」っていう感想すらなくて、最初から最後までそこには秀二しかいなかったという恐るべき存在感だったと思います。

もっと映画観たくなったな。別に映画に限らずですけども、良作は良作を呼ぶ。次の良作に出会わせてくれる。
前にTwitterで見たんですけど、まさにこれだね。

ハードコアパンクは熱狂のあとに自分で考える力をくれる。
https://twitter.com/#!/ffu_/status/49499665716092929

耳の奥に秀二が殴られるシーンのトイレの水音がこびりついている。あぁいうノイズを忘れないでいること、怒りやプライドを捨てないでおくこと、そんな事を思いながら、CUT感想、おーわり。